[日経新聞2018年1月3日(水曜日)の記事より]
「もし体が2つあったなら、故郷にも住みたいけれど……」。千葉県船橋市の加藤忠道さん(76)は香川県三豊市にある実家の庭木の剪定(せんてい)費用約7万3000円の請求書を見つめつぶやいた。
空き家の点検をする空き家管理士協会の山下裕二代表理事(香川県三豊市)
大学進学で上京し、就職。転勤を繰り返した後、40代で船橋市に一戸建てを建てた。「母は長男の私がいずれ故郷に戻ると信じていた」。母親は1996年に死去。約300坪の敷地に母屋、納屋など4棟を擁する実家は空き家になった。
17年夏、母の二十三回忌も終え親戚づきあいが一段落。年賀状を50通減らした。愛郷心は強く、先祖代々の墓はそのまま守っていくつもり。だが、3人の娘は関東在住で帰郷は考えられない。
進学や就職を機に都市部へ出て、退職後も郷里に帰らない――。現代の標準形になったライフサイクルは空き家、耕作放棄地の増加に代表される地方衰退の要因だ。
妻も自分も故郷を離れて暮らしてきた神戸市出身の男性(59)の場合、ふるさとをめぐる悩みはさらに複雑。妻が相続した実家はすでに住む人がいない。20年前、千葉市に建てた自宅も転職に伴って空き家に。神戸市に住む男性の両親にもしものことがあれば3軒目の空き家を抱えることになるという。男性は2軒の空き家の公共料金を払い続ける。「住む可能性はほとんどないが、家財整理と解体を考えると手放す踏ん切りもつかない。どうしたものか」。
加藤さんの空き家を管理する一般社団法人「空き家管理士協会」の山下裕二代表理事は約50戸の空き家を担当する。「土地や建物を活用できるはずなのに、売却や解体を先送りしている空き家が多い」という。
平成の始まり、竹下登内閣は衰退する地方をテコ入れする振興策を打ち出した。「ふるさと創生事業」。使い道自由の1億円が全国の自治体に配布された。
純金カツオ像(高知県中土佐町)、純金のこけし(青森県黒石市)……。村内に喫茶店も飲み屋もないとの理由で、秋田県仙南村(現美郷町)が作った酒場「フォーラムハウス遊遊」は経営難で閉鎖した。
「地方の活性化」は平成を通してキーワードであり続け、国や自治体による取り組みが次々に打ち出されたが、人口流出に歯止めはかからず、地方は衰退を続ける。
明治大の飯田泰之准教授(経済政策)は「住民所得の向上という本来の目的を曖昧にしたまま、一過性のイベントや、見通しの甘い再開発事業で失敗を重ねてきただけ」と批判する。
高齢社会は深まり、人口が減る時代を迎える。飯田准教授はいう。「国全体が縮む時、地方に人口が戻る未来は一部の例外を除いて望めない。現実を直視し、過疎集落からの『撤退』も含めた苦しい選択を本気で考えるときが来ている」
人口移動、景気と直結 地方から大都市圏への人口移動は景気動向と密接に関連している。日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)は人口移動を1960~73年の第1期、80~90年代の第2期、2000年以降の第3期と3分類。同会議の分析では、1期は高度成長、2期はバブル経済が要因だが、平成の過半が重なる3期は地方経済の悪化が背景にあるという。 地方の空洞化で深刻になったのが空き家問題。総務省の住宅・土地統計調査によると、1988年に394万戸だった空き家は2003年に659万戸、13年に820万戸と25年間で倍増した。国土交通省の14年の実態調査では、空き家取得の経緯は相続が52.3%と最多。空き家にしておく理由は「解体費用をかけたくない」が39.9%など、有効活用とは結びつかないものが多い。